5年前の御園座 猿翁・猿之助・中車襲名披露

2018年春、名古屋では中日劇場が閉場し、御園座が再開場と相成った。

杮落としの高麗屋襲名披露公演は初日から賑わっている由、めでたいことである。

 

前の御園座での観劇は1回きり、そのときの回想。

 

2011年に御園座の建替えが新聞発表された後、債務超過・事業再生の報道などもあって、本当に再開場できるのかと危ぶむ声も多かった。

拙宅から御園座は遠いため縁の無いまま過ごしていたが、このまま無くなるかもしれないなら一度は目にしておこうというつもりで訪れた。

 

2013年3月 御名残御園座 二代目市川猿翁・四代目市川猿之助・九代目市川中車襲名披露 三月大歌舞伎

外観はまさしく「昭和のオフィスビル」。

ロビーや売店は更に時間が巻き戻ったような年季の入りぶり。絨毯など色褪せていたのではなかったか。

ただし、話題の役者を観ようと、かなりの客入りであったので、侘しさはそれほど感じなかった。

 

客席扉を開けると、それまでの古寂びたイメージから一転、鮮やかな朱赤が視界を占領。圧倒的であった。

 

 

猿之助へ福山雅治から贈られた祝幕。

報道の写真で見たときは特に何とも感じなかったが、実物を目の当たりにすると、なかなかのものであり妙に気に入った。

(隈取部分の写真を、しばらく携帯電話の待受に使っていたほどである)

 

後方下手寄りの席だったが、それほど観難くもなかった。座席は千鳥配置だったか。

 

昼の部:小栗栖の長兵衛

    黒塚

    楼門五三桐

夜の部:春調娘七種

    ぢいさんばあさん

    口上

    義経千本桜

 

夜の部を観て一泊、名古屋の友人と逢うため昼の部は「楼門五三桐」だけ観劇。

「ぢいさんばあさん」中車の美濃部伊織が予想以上に良く、新歌舞伎から入るという戦略が当たり。

「義経千本桜」猿之助の宙乗り狐六法で場内は大いに盛り上がったが、芝居中はこの人の才気煥発さが強く出てしまっていたか、子狐は哀れというより賢しらに見えたのが残念。

「楼門五三桐」猿翁の真柴久吉、一時代を築いたこの人の演技を生で観られるのはこれが最後だろうという気持ちで胸が一杯に。熱心なファンというわけでは全く無かったのだが。

 

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2018年3月国立劇場 劇評3紙読み比べ

国立劇場3月歌舞伎公演

「増補忠臣蔵ー本蔵下屋敷−」「梅雨小袖昔八丈ー髪結新三−」

 

3月19日 朝日新聞 菊之助の新三 熟成が楽しみ 児玉竜一氏

3月20日 読売新聞 遊び人の背伸び 実在感   大矢芳弘氏

3月26日 毎日新聞 小悪党さっそうと      小玉祥子氏

 

【増補忠臣蔵】

名作とは言いがたい作品なので、どのように評されるか注目していたが、大矢氏は100字余りの短い評。

児玉氏・小玉氏は成り立ちと粗筋を紹介。児玉氏は更に、鴈治郎家の芸の継承への期待を述べた。

桃井若狭之助(鴈治郎)については、

「鴈治郎がこれを、古くさい芝居として突き放すことなく親身に向き合う姿勢はいい」(児玉氏)

「中村鴈治郎の桃井若狭之助が鷹揚な上方の芸風を活かし」(大矢氏)

「鴈治郎の明るくおおらかな芸風が役に合う」(小玉氏)

若狭之助以外の役についての評は「亀蔵が死を覚悟しての忠義ぶりを明晰なセリフで聞かせた。橘太郎、梅枝がいい」(小玉氏)のみ。

 

【梅雨小袖昔八丈】

まず新三(菊之助)について、

「ピュアな持ち味が序幕や大詰にいきて、生真面目な伝承による初役が実現した。髪結い仕事や、(少しカットがあるが)地獄の言い立ては鮮やかにこなした」(児玉氏)

「殻を破って役柄を広げようと意気込む菊之助の新三には、駆け出しの遊び人が悪党たらんと精一杯背伸びしている実在感がある。男盛りの精彩に満ちて、(中略)スタイリッシュに衣裳を着こなして心持ちを変化させていく」(大矢氏)

「菊之助の新三は時代と世話の使い分けがきき、売り出しをはかる小悪党らしいさっそうぶりと抜け目のなさを感じさせる」(小玉氏)と、三氏とも颯爽・鮮烈といった印象。

注文は、

「一方で、目はよく利くのだが、悪の匂いが少々希薄であるのは否めない。年齢を重ねることで、無頼な色気が滲み、さらに踏み込んだ緻密さが深まるのを楽しみにしたい」(児玉氏)

「菊之助の役づくりは潔癖な余り、新三の愚かさまでは描ききれていないが、父の尾上菊五郎が51歳で初演し、滑稽味を膨らませて当たり役にしたことを思えば、40歳の菊之助にはまだ伸びしろがある」(大矢氏)。

 

新三以外の役も概ね好評。三氏が揃って挙げたのが手代忠七(梅枝)。

「周囲も初役が多いが、中では中村梅枝の忠七が出色。年は若いが大人びた芸質で、いかにも周囲の目を盗んで主家の娘と通じていそうな雰囲気をかもし出す」(児玉氏)

「中村梅枝の手代忠七がおっとりした優男を好演し」(大矢氏)※記事の写真は忠七が髪を撫で付けられているところ

「梅枝の忠七が、主人の娘であるお熊に好かれるのもわかる二枚目ぶりで、新三に翻弄される情けなさと困惑をうまく表現」(小玉氏)

菊之助・寺嶋和史の親子共演が公演の話題の一つであったが、触れたのは小玉氏「寺嶋和史の丁稚が愛らしい」のみ。

 

 

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蟹とホトトギス 「梅雨小袖昔八丈ー髪結新三ー」

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国立劇場賞の奨励賞(山崎咲十郎:「梅雨小袖昔八丈」の肴売新吉)をきっかけに、初鰹の場面のことを少し回顧。

 

新三は初鰹の代金のお釣りを受け取らず、「ナニ釣りにゃ及ばねえ。蟹の活きのいいのがあったら持ってきてくんな」と言うのだが、江戸で初夏に蟹・・・?と引っかかっていた。(黙阿弥は、特に蟹とは書いていなかったようである)

 

調べてみると、古くは万葉集や古事記にも食用蟹は登場しており、時代が下ってからは塩漬けにするなどして遠方へも運ばれ、また江戸〜明治期は現代に比して豊漁だったとのこと。

また、食用蟹の産地は広く種類も多い。それぞれ旬の時期が異なるから、新三が蟹を食べてもおかしくはなかったのだろう。

(過去の映像を観ると、国立劇場第42回歌舞伎公演(昭和46(1971)年 6月)の二代目松緑は「蟹」と言っている。)

 

しかし、国立劇場第148回歌舞伎公演(昭和63(1988)年4月)では、当時の勘九郎が「蝦蛄(シャコ)でもへえったら持ってこい」と言っている。いかにも江戸前の食べ物というイメージでしっくりくる。もちろん季節もあっている(蝦蛄の旬は春と秋)。

※なお、この場面は「文化デジタルライブラリー」(日本芸術文化振興会)舞台芸術教材「黙阿弥」内に映像がアップされており、二代目又五郎の家主との掛け合いも観ることができる。

 

そして、今回の国立に限ったことではないが、この場面の重要な音、ホトトギスの鳴き声、肴売の「鰹、鰹」の声がどうにもしっくりこないことが多くある。

上記の昭和46年の映像を観て、やっぱり、と思った。近年のものとは雲泥の差である。

ホトトギスの笛を担当するかた、肴売を演じるかたは、なるべく昔の映像記録を観て、江戸の空気を纏っていただきたい。